『失敗の本質』を経営者が読むなら、ここだけは絶対に外さないで
「外部環境は厳しいが、みんなで乗り越えよう」
年頭の朝礼で事業部長がそう檄を飛ばす。配下の社員は表向きうなずきながら、心の中では「鼓舞よりも、この苦しい状況そのものを変えてほしい」と思っている。だから、苦笑いになる。
私が本業の経営企画で見ている景色です。中小企業ではもっと深刻に同じことが起きています。若手が辞めていく。新卒採用で選ばれない。「やめることを決める」と社内資料には書いてあるのに、いざ蓋を開けると何もやめていないし、どこにも集中していない。
戦後の名著『失敗の本質』は、ノモンハンからレイテまで日本軍の主要作戦を解剖した一冊です。論点は多岐にわたりますが、令和の経営者にいちばん読み込んでほしいのは一つだけ。「成功体験への過剰適応」です。
戦艦大和を作り続けた意思決定の正体
日本軍は日露戦争の勝利体験——艦隊決戦と白兵突撃——にあまりに最適化しすぎた結果、航空戦と補給戦が主役になった太平洋戦争に対応できませんでした。戦艦大和を作り続けた意思決定の歪みは、海軍上層部が「次の戦争」を「前の戦争のつくりなおし」だと信じていたことから生まれています。
生物学では、これを生態学的特化と呼びます。コアラはユーカリの葉だけを消化できる体に進化したことで、競合の少ないニッチを独占しました。代わりにユーカリ林が縮小すれば、種ごと滅ぶリスクを背負う。ある環境に最適化しすぎると、環境が変わった瞬間にもっとも脆くなる——同じ構造が、会社にもそのまま起きます。
創業期の最適解は、いまの最適解ではない
中小企業でいえば、創業期の営業手法、取引先構成、評価される人材像——どれもその時点の市場環境への最適解として磨かれてきたものです。問題は、市場環境のほうが先に変わってしまったことに、社長が気づきにくい点にあります。
ファイナンス的にいうと、減価償却の発想で見ると角度が変わります。設備に耐用年数があるように、営業手法やビジネスモデルにも「商習慣の耐用年数」がある。減価が進んでいるのに帳簿価額のまま使い続ければ、どこかで実態と数字が合わなくなる——その瞬間が、業績の踊り場として現れます。
ここで一つだけ補足させてください。人材スキルにも同じことが言えますが、これは「人そのものが減価する」という話ではありません。スキルセットが市場環境とズレていくのは設備と同じだが、人は学び直せる—だからこそ、リスキリングへの投資は経営の中核戦略になります。設備は買い替えるしかないが、人は更新できる。むしろ、ここに最大の経営レバーがあります。
結論:いまの最適解か、5年前の最適解か
経営者の方に、一つだけ問いを置いていきます。
「いまの会社のやり方は、いまの市場環境への最適解として説明できますか? それとも、5年前の市場環境への最適解のままですか?」
即答できないなら、その曖昧さは確実にどこかの数字に現れています。気づいた時にはもう遅い——というのが、『失敗の本質』のいちばん怖い教訓です。
「うちのやり方が、いまの市場環境とどこでズレているか整理したい」と感じた経営者の方は、ぜひ一度壁打ちをさせてください。MBAと本業の経営企画、両方の角度から景色をお見せできます。
来週は、「DX推進」という言葉が陳腐化したいま、中小企業の経営者が次に手を打つべき方向について書きます。キーワードはAIドリブンな経営と、固定費を削った先にある次世代投資です。

