「金利が上がる前に借りておくべき?」── CFOが見る4つの軸
ありものリンク合同会社、業務執行社員CFOの中島健陽です。
ここ一年ほどで、街にピラティススタジオが一気に増えました。あなたの通勤路にも、新しい一軒くらい見覚えがあるかもしれません。そのブームの只中で先日、独立を考えているという方から、こんな相談を受けました。
「ピラティススタジオのフランチャイズで独立しようと思っています。本部の支援も手厚く、物件のあても付きました。自己資金300万円に、銀行から1,000万円ほど借りるつもりです。計画上の利益率も悪くない。『金利が上がる前に』と勧められたので、いっそ多めに借りておくべきでしょうか?」
条件だけ並べると、確かに筋は良さそうに見える。でも私は、いったん立ち止まってもらいました。理由は、最後まで読めば分かります。
「金利が上がる前に」という問いには、軸が1つしかない
本業の経営企画で投資判断を何十件と見てきて、いつも思うことがあります。人は意思決定を、たった1つの変数に縮めたがる。「金利」もその典型。
でも、借りるかどうかをCFOが見るとき、軸は最低4つあります。金利は、そのうちで最も影響の小さい因子。順に置いていきます。
軸①:そもそも今は「上がる前」なのか
日銀の政策金利は0.75%。2025年末に約30年ぶりの水準まで上げましたが、その後の会合は据え置きが続いています。「上がる前」というより「いったん踊り場」というのが、2026年春の実像。
しかも創業者が借りる先は、多くが日本政策金融公庫の創業融資です。基準利率は年3〜4%台、創業期の優遇を使えば2%台まで下がる(2026年初時点)。これは政策金利とは別体系で、日銀が0.25%動かしても、明日ここが同じだけ動くわけではありません。
軸②:その金は、何に使う金か
加盟金やマシン・内装は、回収に時間のかかる投資。運転資金は、開業直後の赤字期間を生き延びるための酸素です。マシンピラティスは、会員がおよそ100名を超えるまで現金が出ていく構造。開業半年でようやく80名前後が一つの目安なので、最低でも半年は赤字を覚悟する局面になります。
総額1,300万円のうち設備に大半を使えば、この酸素=運転資金が驚くほど薄くなる。「多めに借りる」が、設備の豪華さでなく酸素の厚みに向かうなら、意味があります。
軸③:そのお金は、いくらの利回りを生むか(ROICで見る)
ここで私は、営業利益率という言葉を使いません。CFOが見たいのはROIC──投じた資本が生む利回りです。
ベースの計画どおり会員150名が付けば、投じた1,300万円に対して営業利益は年700万円超。税を引いてもROICはおよそ35〜40%。借入金利3%を、はるかに上回る。ここだけ見れば、借りない理由はありません。
問題は、その差(スプレッド)の頑丈さ。会員が計画より3割欠けて105名になると、ROICは一気に5%前後まで落ち、金利3%とほぼ拮抗します。本業の儲けで返済をまかなえる余力(DSCR)も、4.2倍から1.3倍へ。マシンの修理代が一度出ただけで、現金が回らなくなる水準。
良い数字ほど、人はベースケースだけを見て、この崩れ方を見落とします。
軸④:下振れを受け止める自己資本は、足りているか
自己資金300万円に借入1,000万円。借入を自己資本で割ると、レバレッジは3.3倍。これは上振れたときに利益を増幅する一方、下振れたときの安全域(マージン・オブ・セーフティ)がほぼゼロという意味でもあります。
だから本当の問いは、「金利が上がる前に多めに借りるか」ではない。「会員が3割欠けても死なないだけの自己資本を、先に積んであるか」。借りる量を決めるのは金利のタイミングではなく、下振れに耐える土台の厚さにあります。
「いつ借りるか」より「いくらで受け止めるか」
数字で並べます。金利が0.25%上がって増える負担は、1,000万円あたり年2.5万円。一方、会員が3割欠ければROICは40%近くから5%へ、DSCRは4.2倍から1.3倍へ落ちる。
金利のブレと、事業のブレ。揺れの大きさは、桁どころか次元が違う。金利のタイミングに気を取られた瞬間、本当に効くレバーから目が離れます。
結論:その借入は、計画が3割外れても続けられますか
この相談の最後に、私はいつもこう聞きます。
「もし金利が今の倍になっても、その金額を借りますか。そして、会員が計画の7割しか集まらなくても、その借入を返し続けられますか」
前者にYesで後者にNoなら、心配する相手を間違えている。金利ではなく、下振れの安全域こそが、あなたの夜の眠りを決めます。
あなたが今、誰かに勧められて急いでいる借入は、4つの軸のうち、いくつを自分の言葉で説明できますか?
来週は、「負けないため」の判断が、かえって経営の決定打を鈍らせるという話を書きます。守りと攻め、その切り替えの構造を、私自身の苦い反省から。今日は「下振れに耐える土台」の話でしたが、来週は逆に、その慎重さが行き過ぎたとき、攻めの一手をどう逃すのか。
