『社員のやる気』を疑う前に──変化が止まる会社で抜けている、労力の設計
「最近、うちの部下、新しいことに動いてくれなくて」
本業で部長職の方々と話していると、よく聞く嘆き。SFA(営業支援システム)の日報入力が定着しない、新商材を売りに行かない、新規開拓に動かない——景色は具体的なのに、結論は決まって「最近の若手は」「うちの部下のやる気が」になります。
中小企業でも同じ景色は起きていて、社長は「うちの社員、変化を嫌がる」と口にする。だが、本当にそれだけだろうか。
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の研究者2人が共著で示した処方箋は、その前提を疑うところから始まります。
「人は変化を嫌う」のではなく、「変化コストに合理的に反応している」
ロレン・ノードグレンとデイヴィッド・ションタルが『「変化を嫌う人」を動かす』で提示する核心は、ひと言で言えばこれ。人は変化を嫌う非合理な存在ではなく、目に見えにくい変化コストに、合理的に反応しているだけ。
著者らは銃弾の比喩でこれを描きます。人を動かす力には「燃料(売り込み・報奨)」と「抵抗(フリクション)」の2軸があり、ほとんどの上司・社長は燃料側ばかり踏む。だが燃料を増やすほど、抵抗も同じだけ増えていく——というのが本書の出発点。
抵抗は4つに分類されます。惰性/労力/感情/心理的反発。本書はそれぞれに丁寧な対処法を与えていますが、私が中小企業の景色と重ねて読んだとき、最も見落とされやすいのは「労力」だと感じました。感情や心理的反発は社長にも見える(「あの人は嫌がっている」と分かる)。労力のフリクションは、本人すら言語化できないまま、静かに人を止めている。
「面倒」の中身を、もう一段分解する
たとえばSFAの日報入力。「Excelで十分」「上司に逐一報告しているから二度手間」と言う人が、導入から何年経っても残る。
ここで終わらず、「面倒」を分解してみる。入力する側にあるのは、おそらく次のような心理コストの合成です。
- 認知負荷:項目の意味を覚え、文章を組み立てる頭の使用量
- 学習コスト:操作を覚えるまでの時間
- 監視感:書いた内容が経営層に見られているという感覚
- 評価不安:書いた数字が悪いと、後から会議で突っ込まれる材料になる
特に最後の「評価不安」が効きます。SFAは情報共有のツールであると同時に、書き手の活動が後から検証可能になる仕掛けでもある。書く側から見れば、活動を見える化することは、評価リスクを引き受けることでもあります。これは怠慢ではない、合理的な防衛反応。
そしてベテラン社員には、もうひとつ別のコストが乗ります。暗黙知の喪失。SFAの本質は、エース営業の頭の中にあった属人的なノウハウを、組織共有の財産に変えることにある。ベテランから見れば、これは組織内での自分の希少性と交渉力を失うことを意味します。UI改善や入力項目を減らす程度の摩擦低減策では、まず取り除けない既得権益のフリクション。
これは、新商材の販売や新規顧客の開拓でも同じ構造で起きる。新しいことをやるとは、これまで積み上げた個人資本(製品知識、顧客との信頼、属人的ノウハウ)を一度リセットして、新しい曲線をゼロから登り直すこと。動かないのは怠慢ではなく、変化コストの計算が静かに「待った」をかけているだけかもしれません。心理学でステータスクオーバイアス(現状維持バイアス)と呼ばれる現象も、突き詰めれば「変化コストが見えていない以上、現状が合理的」というだけのこと。
経営者が見落としがちな、もうひとつの真実
ここでひとつ、経営者の方に立ち止まってほしい論点があります。
過剰な入力負荷や監視感に最も敏感に反発するのは、実はやる気のない社員ではなく、高パフォーマーかもしれない、ということ。優秀な営業ほど、自分の時間を顧客への価値提供に最適化している。だから管理目的の過剰な入力——「あれば便利」程度の項目たち——を、純粋な無駄として見抜く。
摩擦を放置すると、まず動かなくなるのは平均的な社員ですが、先に組織を離れていくのは、最も価値のある社員になる可能性がある。これはアメリカのCRM導入失敗の研究でも繰り返し指摘されている、経営者が気づきにくい構造。
私自身、本業で部下に指示しても動かないことを何度も経験してきました。「言えば動く」と思いたい気持ちは、指示する側にこそ強くある。社長と部長、立場は違っても、現場の手触りはそう変わらないと感じます。
抵抗を減らす、3つの具体的な打ち手
ノードグレンとションタルが示す処方を、私の現場感に重ねると3つに整理できます。
ひとつは、ロードマップを示すこと。「導入する」だけで満足せず、「いつ・誰が・何を入力する/何を入力しない」までを最初に決めておく。運用設計のすべてが現場に降りてくると、入力する側の認知負荷が跳ね上がります。
ふたつめは、デフォルトを設計すること。たとえばSFAの入力項目を当初の20項目から5項目に絞り直す。よく使う選択肢をプルダウンの初期値にしておく。望ましい行動の側を初期値に置けば、人は動く方向に流れていきます。
みっつめは、小さく始めること。「全営業に新規開拓を課す」のではなく、休眠顧客のリストから3名だけ、1ヶ月だけテストする。撤退基準もセットで設計しておけば、心理的反発(押し付けられた感)も下がります。
ひとつ補足を入れさせてください。3つを同時に複数の施策で動かさないこと。SFA・新商材・新規開拓・新評価制度を一度に走らせると、現場の認知資源は枯渇し、どの施策も中途半端なまま止まります。変革は同時に何本も走らせると、すべて止まる——これが大企業の経営企画で何度も見てきた現実。
あなたの会社で止まっているのは、やる気か、変化コストか
ここまで読んで、こう感じた方もいるかもしれません。「結局、報酬や叱責でも、ある程度は動くじゃないか」。それは半分正しい。
ただ、報酬や叱責で引き出せるのは「監視がある間だけの動き」です。社員が自分の判断で動き続けるためには、別の何か——「これは自分の仕事を良くするツールだ」という納得——が要る。摩擦低減は、その納得に至る道を塞いでいる障害物を取り除く作業。摩擦を取り除けば自動的に動くわけではないが、摩擦を放置したまま動機付けを叫んでも、人は動かない。
経営者の方に、ひとつだけ問いを置いていきます。
「あなたの会社で止まっている取り組みは、社員の動機の問題なのか、それともそこに至る道を塞いでいる、変化コストの設計の問題なのか?」
両方が混ざっていることも多い。だからこそ、まず切り分けて見る価値があります。動機の問題は採用と評価で時間をかけて変えていくしかないが、変化コストの問題は、設計を変えると、止まっていたものが動き始めるケースがあります。
「うちはどっちが効いているんだろう」と一緒に整理したい経営者の方は、ぜひ壁打ちをさせてください。MBAの組織論と、本業の経営企画で同じ構造を見続けてきた経験、両方の角度からお話しできます。
来週は、「金利が上がる前に借りておくべき?」という経営者からの問いに、4つの軸で答えてみます。
